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初の?鉄道ネタ

自分の鉄道好きのルーツはおそらく1歳ぐらいまで遡ることになる。

実家のすぐ後ろが線路。川俣線というローカル線で1歳のころ(1966年)までは、SLのC12が走っていたという。記憶にはないが、祖母におんぶされて、散歩代わりにその汽車に乗っていたとあとで聞かされた。(その後は廃止までディーゼル車)川俣線は7歳の時(1972年5月13日)廃止になったが、その最後の日、C12 60号機と66号機がさよなら運転で川俣線を走った。夜に、岩代飯野駅に停車したC12 60号機の機関室に乗り、汽笛を鳴らさせてもらったことは今でもよく覚えている。それが昨年秋までの私の唯一の生SLの記憶だった。

その後、高校の3年間は東北本線、ED75に牽引されたアズキ色や青色の客車で通学した。就職した最初の住まいは仙石線旧宮城野原駅まで徒歩1分。その次に住んだアパートは東北本線陸前山王駅まで徒歩2分。結婚後は利府町の団地と鉄道から少し離れたが、仕事の関係で4年間東北本線と仙山線で通勤。そして建てた家は品井沼駅から徒歩5分。現在東北本線で通勤。と、鉄道には不思議と縁があり、今に至っている。

昨年9月、36年ぶりに生SL(D51 498)を見て大興奮。とあるルートでここ数年間の「鉄道ファン」を読みあさり、さらにもうすぐ2歳になる息子が、大の鉄道好きになるなど、はまる予感大!いろいろ分かったこともある。
それはまた今度ということで。

ではまた!

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